冠稲荷神社の木瓜(群馬県太田市)

木瓜咲くや 漱石拙を 守るべく    ――夏目漱石

 

 

4月。いよいよ花見の時候である。花見と言えば桜、という風潮に少々食傷気味の私。そこであえて桜ではなく、別の花を見に行くことにした。

 

 

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クルマで下道を行くこと1時間半。利根川を渡って太田市細谷に鎮座する冠稲荷神社を訪問。

大きな結婚式場が併設されていて、南側には幼稚園。なかなか熱心な神社のようだ。この日は大安で戌の日ということもあり、式を挙げる若人やお参りの客で賑わっていた。

冠稲荷神社

冠稲荷というのはユニークな名称であるが、神社の創建に関してはよく分からないことが多い。縁起では源義国の創建で、社名は義経の伝説によるという。しかし源氏の氏神八幡神なので、稲荷神を祀ったり祈願したりすることはまずありえない。またその一方で『上野国神名帳』に載る「宿穴伏明神」の論社を名乗ったりしているのは、矛盾である。

太田稲主『上野國新田郡史』(1929年)には、村社・冠稲荷神社として出ており、縁起は社伝、碑文、書類など無く証拠無しとしている。江戸期に冠稲荷の別当寺であった教王寺は、足利貞氏(『同書』、『上野国史』)、あるいは横瀬国繁(「寺伝」)の開基だという。そこから源氏の匂いがすることは確かだが…。

史料として確実なところでは1722年(享保七)に再建された本殿の棟札がある。本殿は再建後、1767年(明和四)、1815年(文化十二)と外壁に彫刻がはめ込まれ、段々と豪華になっていったようで、拝殿は棟札から1799年(寛政十一)の再建、聖天宮は1857年(安政四)の再築と、江戸中期から末期にかけて、神社全体が発展していった様子がうかがえる。

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それでは神社として新しいのかといえば、私はそうではないと思う。というのも、本殿脇や聖天宮のある位置などに、多数の円墳が存在するからである。少なくとも関東では古社には古墳がつきものなのだ。

私の想像であるが、おそらく元々古墳を祀っていたお社が、周囲の農村が開拓されていくにつれ農業神の稲荷に変化し、江戸時代には徳川家発祥の地とされた上州新田郡で、崇敬を集めていったのではないか。そして江戸中期、当地は高山彦九郎を輩出したように、勤皇の気運が高まったことで、新田義貞の父である源義国を創建に据えたのではないかと思うのである。

まあ起源がどうであれ、稲荷神は豊穣の神だ。そこが市民に愛される平和な空間であれば、それで良いと思う。

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冠稲荷の木瓜

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さて、群馬県指定天然記念物の木瓜の木は、境内のほぼ中央に植わっている。見事な緋ボケで、今が満開だった。

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太田市のホームページの記述によれば、(以下引用)

冠稲荷(かんむりいなり)神社境内にあるボケは、緋ボケと呼ばれる園芸種です。樹(株)齢は300~400年を経過していると推定されます。根元回り約3m、樹高約3.5mで、500本ほどの樹が分岐を重ね半円形状に叢生し、株を形成しています。(引用ここまで)

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木瓜について

上記太田市のホームページ内の記述のように、日本に自生するのは同属の草木瓜(クサボケ、しどみ)で、木瓜は中国原産で渡来してきたものである。

小野蘭山『本草綱目啓蒙』には、次のように紹介されている。(以下引用)

眞ノ木瓜ハ享保年中ニ渡ル。木大ニシテ一丈ニ過グ。葉ノ形長大ニシテ桃葉ノ如シ。春未ダ葉ヲ生セザル時花ヲ開ク。海棠ボケニ似テ、色鮮美花。(中略)カラボケハ、ヒボケ海棠ボケノ總名ナリ。花ノ色紅ナルヲ、ヒボケト云。卽貼幹海棠ナリ。(以下略)(引用ここまで)

享保年間は1716年から1736年までなので、その頃に中国から渡ってきてこの地に根付いたとすれば、樹齢300年から400年という推定とちょうど合致する。神社の本殿が1722年(享保七)の再建だったことを思えば、本殿の再建にあわせた記念として、美しい花を咲かせる舶来の木瓜を社前に植えたのかもしれない。そう考えれば、なかなかロマンチックな名木だと思う。

 

 

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木瓜は面白い花である。枝は頑固であって曲がったことがない。そんなら真直かというと、決して真直でもない。只真直な短い枝がある角度で衝突して、斜に構えつつ全体が出来上がって居る。そこへ紅だか白だが要領を得ぬ花が安閑と咲く。柔らかい葉さえちらちら着ける。評して見ると木瓜は花の内で愚にして悟ったものであろう。世間には拙を守るという人がある。此人が来世に生れ変ると屹度木瓜になる。余も木瓜になりたい。

夏目漱石草枕』より引用。