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大光院、新田金山城、世良田

2015年も残すところあと2日。暮れの慌しさも一段落し、あとは年明けを待つばかりという日に、群馬県太田市を散歩してきた。

以前から訪ねたいと思っていた新田金山城が主目的地だ。

東武伊勢崎線でお昼前に太田駅下車。駅から数分歩いたところにある喫茶店でお昼ご飯。このお店、間口は狭いのだが奥行きがあって広く、喫茶店というよりレストランのようだった。値段もリーズナブルで、地元にあったら通いたくなるお店だった。太田はB級グルメとして焼きそばを押してるみたいだが、また太田に行くときはこの店だな。

おなかいっぱいになったところで、スバル本社を背にして北へ。うーむ、行きかうクルマのスバル率の高さよ。

途中和菓子屋さんに立ち寄って、イチゴ大福をゲット。むふふ、これを金山城の天守跡で食べるのだ。このお店も有名店らしく、お餅を買いに来たお客さんでひっきりなしの大賑わいだった。これは期待できる。

…と、食い物の話ばかりになった。30分ほど歩くと大光院、通称呑龍さまに到着。詳名を義重山大光院新田寺といい、新田義重を祀るお寺なんですな。徳川家康の肝いりで創建したので、葵の御紋があちらこちらに。

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この開山堂、昭和8年の建築で、なんと鉄筋コンクリート製。昭和初期の鉄コン寺院建築というのは、かなり貴重なんじゃなかろうか。方13間の大振りな建築だし、私的に登録文化財指定だな。

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義重押しですなあ。家康も出自がかなり怪しいもんだから、逆に必死さが目立ってしまうね。お前、源氏じゃねえだろ?

さて、金山城の登り口を捜していたら、驚愕の事実を発見。

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なんと中島飛行機の創業の地がここだったのだ! そういえば陸軍の重爆に「呑龍」ってあったよなあ。あれはここが由来なのか。この看板の裏手には、現在もスバルの工場があるのだが、なんというか、歴史と風格を感じさせるたたずまいだった。

思いがけないものを発見して興奮しながら、城攻め開始である。

ここからが結構大変だったのだ。正直、金山城をなめてました。ちょっとしたハイキングレベルの山登りで、頂上の新田神社まで40分ほどかかった。

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イチゴ大福をパクつきながら関東平野を一望。この日は東京方面が霞んでいたので微妙だったが、条件が良ければスカイツリーも視認できるはず。筑波山は良く見えた。こりゃ城を築きたくなるはずだわ。大福は特に餅がうまかった。やっぱり餅屋の餅だね。

他の二の丸三の丸も見たかったのだが、今日は世良田にも行くつもりなので、下山。金山城はまたいつかクルマで来ようと思う。

途中で、上州名物の焼きまんじゅうを買い食いしながら太田駅まで戻る。食ってばっかだな。

太田駅から世良田駅まで、北に赤城山の美しい姿を見ながら伊勢崎線で3駅ほど。

世良田の長楽寺、東照宮までは歩いて15分ほど南へ。

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山田良世じゃありません。世良田山です。

鎌倉時代には顕・密・禅の三宗兼学の道場として栄え、室町時代には天下十刹のひとつに数えられた官大寺だったそうだ。のちに衰えたが、徳川家康が、徳川家の先祖とした得川義季が創建した寺ということで再び重んじられ、家康亡き後には東照宮が勧請され、その別当寺となった。

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こちら東照宮

しかし家康もこんな都合よく断絶した源氏を見つけてきたもんだね。朝廷や公家に相当金を積んだんだろうな。

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国指定重文の宝塔。1276年(建治2)に造立された。